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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)7104号 判決

原告 大澤公子

右訴訟代理人弁護士 斎藤尚志

被告 宮澤正

〈ほか二名〉

被告ら訴訟代理人弁護士 中村紘

主文

1  被告宮下万吉は原告に対し金二万八九三八円及びこれに対する昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告宮澤慎吾は原告に対し金三万八九三八円、及び内金二万八九三八円に対する昭和五二年八月二〇日から、内金一万円に対する昭和五四年八月九日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告宮澤正に対する請求は棄却し、被告宮下万吉及び同宮澤慎吾に対するその余の各請求は棄却する。

4  訴訟費用は原告の負担とする。

5  この判決は、第1、第2項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告宮澤正、同宮下万吉は、原告に対し、各自金一六四四万五九八六円及びこれに対する昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告宮澤慎吾は、原告に対し、金九八〇万二九〇四円及びこれに対する昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求原因に対する認否(被告ら)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(以下、本件交通事故という。)

(一) 日時 昭和五二年八月二〇日午後七時ころ

(二) 場所 長野県下伊那郡松川町上片桐一九三〇番地先路上

(三) 加害車 原動機付自転車

右運転者 被告宮澤慎吾(昭和三五年一一月八日生、事故当時は一六歳)

(四) 被害者(歩行者) 原告

(五) 態様 道路を横断中の原告に加害車が衝突した。

2  責任原因

(一) 被告宮澤慎吾の責任

被告宮澤慎吾は、前記した本件交通事故の発生日時場所において原動機付自転車(総排気量は〇・〇九〇リットル)を運転していたが、前方不注視、運転未熟、制限速度違反の過失による暴走行為により、訴外大沢美杉の運転する車から下車し実家の門に入るべく横断歩行中であった原告に対し自車を衝突せしめ、同人を跳ね飛して路上に転倒させて傷害を負わせたものである。

(二) 被告宮澤正の責任

被告宮澤正は、同宮澤慎吾の父親であるが、子供が原動機付自転車を使用するにつき、社会に危害を及ぼすことのないように指導監督すべき立場にあるものであるから、右原動機付自転車に対する運行支配と運行利益を有する者である。

(三) 被告宮下万吉の責任

被告宮下万吉は、次男宮下文善(昭和三六年一月二日生、事故当時は一六歳)の父親であるが、加害者である前記原動機付自転車を同訴外人に買い与えたものであるけれども、同被告が実質的な所有者であり、本件事故時において訴外文善が被告宮澤慎吾に右加害車を使用貸借していたことも同被告所有の自動二輪車(〇・一二五リットル)との一時的な交換的貸借にすぎないものであったから、被告宮下万吉は父親として本件加害車により第三者に危害を及ぼすことのないように指導監督すべき立場にある者として次男訴外文善を通じ前記原動機付自転車に対する運行支配及び運行利益を有していた。

3  傷害と治療経過

原告は、本件交通事故により頭部打撲傷、臀部、右大腿、左下腿打撲傷、踵骨折、頸椎捻挫の傷害を受け、右傷害の治療のため、①昭和五二年八月二〇日から同年九月三日まで長野県下伊那郡鼎町所在の訴外飯田橋外科病院に入院し(一五日間)、②同年九月六日から同月二〇日まで東京都港区南青山六丁目七番五号所在の訴外野口外科病院に通院し(実通院日数は七日)、③同年九月二六日から昭和五四年二月一五日まで都内港区西新橋二丁目九番一八号所在の訴外東京慈恵会医科大学附属病院に通院し(実通院日数は一九四日)たほか、④昭和五二年九月から翌五三年五月までの間に都内大田区羽田四丁目二〇番一四号所在の訴外成羽堂針鍼所に通院し(実通院日数は三〇日)、⑤昭和五三年八月から同年一一月までの間に都内新宿区西新宿四丁目三八番一三号所在の訴外羽生治療院に通院し(実通院日数は三七日)、しかもなお原告には頸部麻痺、頭痛、耳鳴等の後遺障害が残存し、昭和五四年二月一五日担当医師により右後遺症は自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表第九級に該当すると診断された。

4  損害

原告は本件交通事故により以下のような損害を被った。

(一) 逸失利益

(1) 休業損害 金一一万〇二九五円

原告は、事故当時、訴外昭和学院短期大学の専任講師(昭和五四年四月、助教授に昇格)として歴史学を講ずる健康な女性(昭和一四年五月八日生、事故当時は満三八歳)であるが、本件交通事故による欠勤のために昭和五二年年末賞与減額分金五万七七九六円、同じく昭和五三年一月一日に昇給すべかりし昇給額より月額金三七五〇円が減額された結果、昭和五四年二月分までの一四ヶ月の減額分合計金五万二五〇〇円の各得べかりし支給を受けられなかった。したがって、原告の休業損害は合計金一一万〇二九五円となる。

(2) 後遺症に基づく逸失利益 金一〇七九万九八〇〇円

(被告宮澤慎吾については金二三一万七〇一四円)

原告は、前記した後遺症(第九級)の影響で長時間の読書及び執筆の不能のため論文研究の発表ができず業績不振とみられ、助教授への昇進も遅れ、授業時間数も減らされた如く知的、精神的労働を中心とする原告の労働の特殊性のゆえに右後遺症により原告は後遺症状が固定した昭和五四年二月から就業可能な七〇歳までの三二年間にわたり三五パーセントの労働能力の低下を余儀なくされ、原告の昭和五三年の年収は金三七六万一二六六円であったので、これらを基礎としてライプニッツ方式による中間利息の控除をして後遺症に基づく逸失利益の現価を求めると金二〇七九万九八〇〇円となる。

原告は、被告宮澤正及び同宮下万吉に対し、右後遺症に基づく逸失利益金二〇七九万九八〇〇円のうち金一〇七九万九八〇〇円を求め、被告宮澤慎吾に対し金二三一万七〇七四円を求める。

(二) 治療費 金五七万〇二二〇円

原告は、以下のように入院あるいは通院の治療費を支出した。

(1) 昭和五二年八月二〇日から同年九月三日まで一五日間にわたり飯田橋外科病院に入院した費用として金二二七五二〇円。

(2) 昭和五二年九月六日から同月二〇日までの一五日間のうち七日、訴外野口外科病院で通院治療を受けた費用として金三五五〇〇円。

(3) 昭和五二年九月二六日から昭和五四年二月一五日までの五〇八日間のうち一九四日、訴外東京慈恵会医科大学附属病院で通院治療を受けた費用の一部(昭和五三年一一月三〇日以降の分未計上)として金二二二〇〇円。

(4) 昭和五二年九月から昭和五三年五月までの二七三日間のうち三〇日、訴外成羽堂針鍼所で通院治療を受けた費用として金二一一〇〇〇円。

(5) 昭和五三年八月から同年一一月までの一二二日間のうち三七日、訴外羽生治療院で通院治療を受けた費用として金七四〇〇〇円。

(三) 交通費 金八三万六一九〇円

原告は、東京都港区西麻布三丁目に住むものであるが、本件交通事故による受傷の治療のために次のとおり通院交通費を支出し、また受傷あるいは後遺症のため千葉県市川市東菅野二―一七―一に所在する勤務先訴外昭和学院短期大学への通勤のためにタクシーを利用せざるを得ずにタクシー代を支出することを余儀なくされた。

(1) 訴外野口外科病院往復タクシー代(七回) 金四六二〇円

(2) 訴外東京慈恵会医科大学附属病院往復タクシー代(一九二回) 金三九万三二〇〇円

(3) 訴外羽生治療所往復タクシー代(三七回) 金一一万三二二〇円

(4) 通勤使用したタクシー代 金三二万五一五〇円

(四) 診断書費用 金七〇〇〇円

(1) 原告は、訴外飯田橋外科病院から昭和五二年九月二〇日、同五三年六月一九日に各一通、政府管掌保険及び本訴請求のため交付を受け、代金四〇〇〇円を支払った。

(2) 原告は訴外東京慈恵会医科大学附属病院から昭和五二年四月一九日、同五三年一月二六日、同五月二六日、同七月二六日各一枚、同一二月五日二枚をいずれも保険請求及び本訴請求のため交付を受け、代金三〇〇〇円を支払った。

(五) 謝礼 金三五万円

(1) 原告は、自らが東京在住のものであったため、原告の従兄弟であり長野県松川町に居住している訴外大沢武に対し本件交通事故の示談交渉方を依頼していたが、同訴外人に対し昭和五三年八月に金五万円、同五四年一月に金一〇万円を謝礼として支払った。

(2) 原告は、①昭和五二年九月三日、訴外飯田橋外科の訴外唐沢弘文医師に金二万円、同医院看護婦某に金一万円、世話になった隣室の付添婦某に金三万円、同じく身の廻り品の調達等をしてくれた訴外大沢武の母に金三万円を、②昭和五二年九月二〇日、訴外野口弁堂医師に金二万円を、③昭和五二年一二月から昭和五三年一二月まで、毎六月と一二月に訴外東京慈恵会医科大学附属病院訴外村瀬鎮雄医師に各金二万円宛を、同医科大学訴外鹿能弘教授(薬理学)に紹介謝礼として金四万円を各支払った。

(六) 雑費 金五〇万円

原告は入院雑費などとして金五〇万円の支出を余儀なくされた。

(七) 訴外大沢和子への支出 金五〇万円

原告は、本件交通事故による受傷のために、妹訴外大沢和子をして前記入院中の付添、東京への転医、帰省時の送迎や通院などに勤務を休み、かつ自家用車を使って原告を運ぶなどさせ、この諸活動に関する経済的損失は金五〇万円を下廻らない。

(八) 慰謝料 金三〇〇万円

(九) 弁護士費用(被告宮澤慎吾について) 金一九五万円

原告は、被告宮澤慎吾に対する本訴提起ならびに本件追行を原告訴訟代理人に委任し、着手金など合計金七五万円を支払い、勝訴の際は報酬として金一二〇万円を支払うこととなっている。

(一〇) 損害の填補 金二二万七五二〇円

被告らは原告に対し本件不法行為に基づく損害賠償債権に対する内金として金二二万七五二〇円の支払をなした。

(一一) 合計

被告宮澤正及び同宮下万吉に対する損害額は、右(一)ないし(八)の合計金一六六七万三五〇六円から右(一〇)の金員を控除した残額金一六四四万五九八六円となり、被告宮澤慎吾に対する損害額は(一)ないし(九)の合計金一〇〇三万〇四二四円から右(一〇)の金員を控除した残額金九八〇万二九〇四円となる。

5  よって、原告は、(一)被告宮澤正及び同宮下万吉に対し本件不法行為(自動車損害賠償保障法三条)に基づく損害賠償債権金一六四四万五九八六円及びこれに対する不法行為日である昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)被告宮澤慎吾に対する同じく不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償債権金九八〇万二九〇四円及びこれに対する不法行為日である昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を各求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2(一)  同第2項(一)の事実中、前方不注視、運転未熟、制限速度違反の過失による暴走行為の点は否認、その余は認める。

(二) 同項(二)の事実中、被告宮澤正が同宮澤慎吾の父親であることは認め、その余は否認する。

(三) 同項(三)の事実中、被告宮下万吉は次男訴外宮下文善の父親であること、加害車を右訴外人に買い与えたこと、事故時に訴外宮下文善が被告宮澤慎吾に右加害車を使用貸借したことは認め、右貸借が被告慎吾所有の自動二輪車との一時的な交換的貸借であることは明らかに争わず、その余は否認する。

3  同第3項の事実は不知。

4(一)  同第4項(一)、(1)及び(2)の各事実は不知。

原告は、その後遺症につき自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表第一二級の認定を受けている。

(二) 同項(二)の事実は不知。

(三) 同項(四)の事実は不知。

(四) 同項(五)の事実中、診断書の交付を受けたことは認め、その余は不知。

(五) 同項(五)は不知。

(六) 同項(六)の事実は不知。

(七) 同項(七)の事実は不知。

(八) 同項(八)の事実は不知。

(九) 同項(九)の事実は不知。

(一〇) 同項(一〇)の事実は認める。

(一一) 同項(一一)は争う。

三  抗弁等

1  無過失の主張

被告宮澤慎吾は、昭和五二年八月二〇日午後七時頃、県道飯田線を駒ヶ根市方面から高森町方面に向けて、右車輛を運転して時速約四〇キロメートルで道路左側を、前照灯を下向きに点灯して進行中(右道路は直線で見通しはよく、幅員約五・五五メートル、アスファルト舗装されている。)、右側に前照灯をつけたまま駐車している訴外大沢美杉運転の車輛があり、動き出す気配に気付いて、横断者の有無に注意し、速度を減速しながら右駐車車輛の横を通過しようとした際、突如六・一〇メートル先のライトの中に原告が現われ、直ちにブレーキを踏み、ハンドルを左に切って原告を避けようとしたが、自宅に帰るべく駒ヶ根市方面に注意を払うこともなく小走りに横断しようとした原告は右被告運転車輛にさらに気付かず、むしろ右被告運転車輛に向ってくるように走り込んできたため、右被告は原告を避けることができず衝突した。以上の次第であるから、本件事故は原告が帰宅を急ぐあまり、左右の安全を確認することなく加害車の進行直前の道路を横断しようとした過失に起因するのであって、右被告宮澤慎吾には何らの過失もない。なお、本件事故当時、被告宮澤慎吾が運転していた車輛にはハンドル、ブレーキ等の故障はなかった。

2  過失相殺の抗弁

仮に、被告宮澤慎吾に本件交通事故の発生につき過失があったとしても、前記のように原告には左右の交通の安全を確認することなく道路を横断した過失があるので、損害額の算定にあたりこれを斟酌すべきであり、過失相殺による減額の割合は八〇パーセントを下らない。

3  損害の填補

原告は、昭和五五年三月三一日、政府の自動車損害賠償保障事業により、本件交通事故に基づく原告の損害の填補として自動車損害賠償責任保険金金二〇六万一六七〇円の支払を受けた。

四  抗弁等に対する認否

1  抗弁等第1項の事実は争う。

2  同第2項の事実は争う。

3  同第3項の事実は明らかに争わない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項(事故の発生)、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、右運転者、(四)被害者、(五)態様の各事実は当事者間に争いがない。

二  被告宮澤慎吾は、同人の過失はないと争うので、これを以下検討する。

前項認定の事実及び《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  本件交通事故現場は、前記認定のように長野県下伊那郡松川町上片桐一九三〇番地所在の原告の実家居宅前の駒ヶ根市方面(北方)より高森町方面(南方)へほぼ南北に通じる直線で見とおしは良好にして、平坦かつ乾燥したアスファルト舗装の県道飯島飯田線の道路上であり、その道路幅員は五・五五メートルで黄色実線の中央線により上下二車線に区分されその両側に歩道も外側線もない。同所は両傍に人家があり、現場付近の道路西側に広告灯が設置されているものの、本件交通事故が発生した午後七時ころはやや薄暗くなっており、天候は晴であった。

2  被告宮澤慎吾(以下、被告慎吾という。)は、事故現場から約一〇〇メートル北方に所在する友人である訴外宮沢正清宅から前記原動機付自転車を運転して駒ヶ根市方面から高森町方面に向けて車線ほぼ中央を時速約四〇キロメートルの速度で前照灯を下向きにつけて南進中、本件事故現場にさしかかり、右前方約一一・五メートルの対向車線上に前照灯をつけながら駐車中の車輛を発見したが、その付近に横断する歩行者などはいないと軽信し、前記速度のまま約一二・五メートル前進したところ、やや右前方約六・一メートルの中央線左側の位置に右方から左方に小走りに横断中の原告を発見し、同人との衝突を回避すべく直ちに左転把し急制動の措置をとるも及ばず、自車前部を原告に衝突させ(同地点を衝突地点という。同地点は道路右端からは四・七メートル、左端からは〇・八五メートルの位置にある。)、次いで同人と自車が一緒になって約四・四五メートル左斜方に前進したうえ、被告慎吾は右原動機付自転車もろともに横転し、そのやや前方道路左端に原告を転倒させたものである。

3  原告は、本件交通事故現場の傍に所在する実家に月遅れのお盆で帰省するため、訴外大沢美杉運転の自動車(八松本け九二一五)で伊那大島駅から実家前の本件現場(西側車線)まで送ってもらい、駒ヶ根市方面に向けて停車した右車輛の助手席側から下車し、その後方から本件道路を右方から左方に横断して実家の門に入ろうとして、道路右側において簡単に駒ヶ根市方面、次いで高森町方面の順に道路の状況を一瞥したのみで通行車輛はないものと軽信し、小走りに横断を始め、中央線をこえて実家の門の直前に至ったと思ったとき、左方から強いライトの光に眩惑されるや否や、前記衝突地点において被告慎吾運転の原動機付自転車に衝突され、右衝突地点から前方約四・七メートルの道路左端に転倒させられたものである。なお、原告は視力〇・四ないし〇・五であり、事故時は眼鏡を使用しておらず、またその服装は白と青のストライプのワンピースであった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上認定の事実によれば、被告慎吾には前方注視義務及び減速義務に違反した過失があるといわざるを得ず、これにより本件交通事故を惹起させ後記認定のような傷害を原告に負わせ、これにより損害を発生せしめたのであるから、同被告には不法行為に基づく損害賠償義務があるとしなければならない。

次に、原告は前記県道を横断するに当り道路の左右の安全を確認して横断すべきところ、漫然とこれを懈怠した過失があったというべきであり、この被害者の過失は原告の損害額を算定するに際し斟酌するのが相当であり、右過失相殺による減額の割合は五〇パーセントとするのが相当である。

三  被告宮澤正の賠償責任について検討するに、《証拠省略》によれば、被告宮澤正は同宮澤慎吾の父親であり、被告慎吾は、本件事故当時、自己の所有する自動二輪車(総排気量〇・一二五リットル)をごく短期間使用させるため訴外宮下文善所有の本件加害車である原動機付自転車(総排気量〇・〇九〇リットル)と交換的に貸借しあったので右加害車を運転していたことが認められ(以上認定事実中、右両被告が親子であることは当事者間に争いがない。)、他に右認定に反する証拠はない。以上認定の事実及び叙上認定の事実関係のもとでは、訴外宮下文善が所有し、ごく短期間の貸与を受けた息子の被告慎吾が運転する前記加害車につき、被告宮澤正が同車輛の運行を事実上支配管理することができ、その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視監督すべき立場にあったと認めることはできず、他にこれを認めるに足る証拠はないのであるから、同被告は右加害車を自己のため運行の用に供する者に該当しない。

四  次に、被告宮下万吉の賠償責任を検討すると、《証拠省略》によれば、被告宮下万吉は、次男である高校二年生訴外宮下文善(昭和三六年一月二日生、事故当時は一六歳。以下、訴外文善という。)の父親であり、専業農家を経営するものであるが、本件交通事故のおよそ一、二ヶ月前ころ、前記原動機付自転車(ホンダ・マイティー・ダック、中古車)を代金八〇〇〇円で購入し所有名義は同被告にして、同居する右訴外文善に与えたものであるところ、同訴外人は右所有車輛を通学や農作業の手伝いではなく専ら自己のレジャー用に利用し、居宅の軒下に保管しながら、ガソリン代、整備費等の維持管理費はアルバイトなどで賄うなどして同車輛及びそのキーの管理をしていた、そして訴外文善は、右原動機付自転車を翌日には返還してもらうつもりで、被告慎吾に対し同人所有の自動二輪車を借りる代りに貸与したところ(こうした貸借は両名間では初めてのことであった。)、右被告が本件交通事故を惹起してしまったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。(但し、以上認定の事実中、被告宮下万吉は訴外文善の父親であること、加害車を同訴外人に買い与えたこと、被告宮澤慎吾に右車輛を貸与したことは当事者間に争いがなく、同貸与が被告慎吾所有の自動二輪車との一時的な交換的貸借であることは、被告において明らかに争わないから自白したものとみなす。)

以上の認定事実によれば、被告宮下万吉は本件加害車の所有者ではなく所有者登録名義人に過ぎず、訴外文善が専ら加害車を使用していたとしても、その保管場所、同訴外人との身分関係、訴外文善の社会的身分などの事情のほか、被告慎吾と息子である訴外文善は友人関係にあり、ごく短期間の貸借であったことなどの事情を併せみるとき、被告宮下万吉は、本件交通事故時においても、加害車を事実上支配管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視監督すべき立場にあり、その立場を失ってはいないものと認められるから、本件加害車を自己のために運行の用に供する者に該当するというべきである。

五  《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告は、昭和五二年八月二〇日午後七時ころ、本件交通事故により頭部打撲傷、臀部、右大腿、左下腿打撲傷の傷害を負い一時的な意識障害はあったが、救急車で直ちに①長野県下伊那郡鼎町大字鼎六一六所在の訴外飯田橋外科病院に入院し、同年九月三日まで一五日間入院治療を受け、この間順調に回復し、原告自身の希望により東京の病院に転医するため退院した(同訴外病院のカルテによれば、原告の既往症は、二〇歳時の左足関節骨折と椎間板ヘルニアがあり、治療上の問題点欄には「椎間板ヘルニアにて鎮痛剤服用」との記載がある。)。②次いで、頸椎捻挫、右上肢不全麻痺の病名のもとに昭和五二年九月六日から同月二〇日までの一五日間のうち七日、東京都港区南青山六丁目七番五号所在の訴外野口外科病院に通院して治療を受け、③同年九月二六日から昭和五四年二月一五日までの五〇八日間のうち一九四日、頸椎慈挫、左腓骨果部骨折の病名のもとに同都港区西新橋二丁目九番一八号所在の訴外東京滋恵会医科大学附属病院に通院して治療を受け、昭和五三年四月一九日ころには足関節はほぼ治癒し、頭痛、肩こり等は継続し、同年一一月三〇日ころには頭痛、上肢のシビレ、項部痛も軽減し、遅くも翌五四年二月一五日、前記治療にもかかわらず残存する頸椎捻挫による頸部の疼痛、頭痛、耳鳴、時々吐気、右大後頭神経の圧痛などの後遺障害は固定し、その障害の程度は自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表第一二級に相当すると認められる。さらに、原告は右治療期間中、担当医師からは指圧及び針治療を受けることは好ましくない旨注意されたけれども、針治療の施療効果はあると信じて、④昭和五二年九月から翌五三年五月までの間に少なくとも二九日、訴外成羽堂針鍼所に通院し、⑤同五三年八月から同年一一月までの間に少なくとも三七日、訴外羽生治療院に通院した。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

六  (損害)

原告は、前記認定のようにその身体に傷害を受け、これにより以下認定の如き各損害項目の金額を合計した損害が発生した。

1  休業損害 金五万五一四七円

《証拠省略》によれば、原告は、本件交通事故の当時、千葉県市川市東菅野二―一七―一所在の訴外昭和学院短期大学の専任講師(その後、昭和五四年四月に助教授に昇格した。)として歴史学、文化史、日本服装史、西洋服装史を講ずる昭和一四年五月八日生、満三八歳の健康な女性であるが、本件事故による前記受傷、またはその治療のために欠勤したことにより、昭和五二年年末に支給された賞与は金五万七七九六円減額され、同事由により昭和五三年一月一日付で昇給すべかりし昇給額より月額金三七五〇円が減額された結果、昭和五四年二月分までの一四ヶ月の減額分合計金五万二五〇〇円の各得べかりし給与の支給を受けられなかったのであるから、本件交通事故に基づく本件交通事故日から昭和五四年二月までの休業損害は金一一万〇二九五円となると認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

右金額に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金五万五一四七円(一円未満切捨)となる。

2  後遺症に基づく逸失利益 金八一万四二〇一円

《証拠省略》によれば、原告は前記後遺障害のため長時間にわたる読書や執筆ができなくなり研究や論文の作成に遅滞をきたしていると訴えており、右後遺症は自動車損害賠償保障法施行令別表等級別後遺障害一覧表第一二級に相当する程度のものであることは前記認定したとおりであり、後遺症残存期間は少なくとも五年間は継続すると認められ、当裁判所に顕著な労働基準局長通牒昭和三二年七月二日基発第五五一号によれば同級の労働能力の喪失率は一四パーセントであり、原告は昭和五三年の年収としては金三七六万一二六六円を得、その減額分は合計金一一万七一四四円(金三七五〇円の一二ヶ月分金四万五〇〇〇円と昭和五三年期末手当減額分金七万二一四四円)で得べかりし年収の三パーセントに該当し、その後、昭和五四年四月に助教授に昇進したが(助教授昇格が本件事故のために遅れたことを認めるに足る証拠はない。)翌五五年四月からは担当授業時間数を減らされ、昇給もせず、逆に月額金一万二一一〇円(五・六パーセント)の減給となったことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実を前提として原告の職業、労働内容、後遺障害の程度及び内容、減給の程度その他諸般の事情を勘案して総合判断すると、原告は後遺症状固定日の後である昭和五四年三月から前記第一二級程度の後遺障害が少なくとも五年間継続し、その間平均して一〇パーセントの労働能力が減退するものと認めることができ、前記金三七六万一二六六円の年間所得を前提として計算した右期間内の後遺症に基づく相当因果関係のある逸失利益の金額に、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、その現価を計算すると金一六二万八四〇二円(一円未満切捨)となる。

(計算式)

376(万)1266(円)×0.1×4.3294=162(万)8402.5(円)

右金員に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金八一万四二〇一円となる。

3  治療費 金一四万二六一〇円

《証拠省略》及び前記五認定の事実によれば、原告は前記訴外飯田橋外科病院に入院治療費として金二二万七五二〇円、同じく訴外野口外科病院に対し通院治療費として金三万五五〇〇円、同じく訴外東京慈恵会医科大学附属病院に対し通院治療費として金二万二二〇〇円の各支払を余儀なくされたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

なお、原告は、前記五に認定したように針治療のために訴外成羽堂針鍼所及び同羽生治療院にて通院治療を受けたが、これは担当医師から中止の勧告を受けていたのにもかかわらず、あえて自己の責任において通院したのであるから、右針治療に要した出費は本件交通事故と相当因果関係ある損害と認めることはできず、この点の原告の主張は理由がない。

そこで前記治療費合計金二八万五二二〇円に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金一四万二六一〇円となる。

4  交通費 金九万七四三〇円

前記五認定の事実と《証拠省略》を総合すれば、原告は、昭和五二年九月六日から同月二〇日までの間に七日、訴外野口外科病院へ通院するに際してタクシーを利用する必要性があり、タクシー乗車代として合計金四六二〇円を支出し、同年九月二六日から足関節がほぼ治癒した昭和五三年四月一九日までの間に七六日、訴外東京慈恵会医科大学附属病院に通院するに際しタクシーを利用する必要があり、タクシー乗車代として合計金一三万二二四〇円(一回につき片道金八七〇円)を支出したことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。さらに原告が、同訴外病院への四月二〇日以降の一一六日にわたる通院にあたりタクシーを利用すべき必要性を認めるに足る証拠はないので、一回につき片道金八七〇円の計算によるタクシー乗車代金を損害と認めることはできないけれども、電車賃などとして一回につき片道金二五〇円は本件交通事故と相当因果関係にある費用と認められるから、右の交通費は合計金五万八〇〇〇円となる。

訴外羽生治療所への往復タクシー代は、前記したようにその治療の必要性が認められず、通勤に要したタクシー代も通勤時期及び通勤にタクシーを利用すべき必要性を認めるに足る証拠がないので、いずれもその主張は理由がない。

以上交通費合計金一九万四八六〇円に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金九万七四三〇円となる。

5  診断書費用 金一〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告は、昭和五二年九月二〇日及び同五三年六月一九日に、訴外飯田橋外科病院に対し政府管掌保険及び本訴請求のために診断書各一通の交付を求め、同日それぞれ診断書各一通の交付を受け、代金として各金二〇〇〇円を支払ったことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。しかしながら、保険手続用の診断書費用は本件事故と相当因果関係にある費用とはいえないので、相当因果関係ある診断書費用は金二〇〇〇円となる(なお、訴外東京慈恵会医科大学附属病院の本訴請求用診断書費用は前記治療費のうちに計上されてあり、同訴外病院に対する保険手続用の診断書費用は本件事故との相当因果関係がない。)。

右診断書費用金二〇〇〇円につき前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金一〇〇〇円となる。

6  謝礼

原告は、謝礼として、訴外大沢武に対し金一五万円、訴外飯田橋外科病院の訴外唐沢医師に金二万円、看護婦訴外某に金一万円、付添婦訴外某に金三万円、訴外大沢武の母に金三万円、訴外野口医師に金二万円、訴外村瀬医師に合計金六万円、訴外鹿野教授に金四万円を各支払った旨主張するが、《証拠省略》だけでは未だ足りず、他にこれを認めるに足る証拠はないので、いずれも理由がない。

7  雑費 金三七五〇円

原告は、前記訴外飯田橋外科病院に一五日間入院したことは前記認定のとおりであり、右入院当時、経験則に照らせば、一般に入院期間中に平均一日当り金五〇〇円程度の入院雑費を支出するのが通常であると認められるから、本件においても、右入院期間中右と同程度の支出をしたものと推定され、合計金七五〇〇円の支出を余儀なくされたものと認められ、他に右認定を左右する証拠はない。しかし、右以外の雑費金四九万二五〇〇円の支出を認めるに足る証拠はない。

右金員に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金三七五〇円となる。

8  訴外大沢和子への支出 金四〇〇〇円

《証拠省略》によれば、原告は前受傷の治療のため訴外飯田橋外科病院に入院期間中、昭和五二年八月二〇日から同月二七日までの八日間、付添人の付添看護を要したところ、妹訴外大沢和子の付添を得たものであり、一日金二〇〇〇円の割合による金八〇〇〇円相当の経済的損失を被ったことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。しかし、右以外の訴外大沢和子に対する金四九万二〇〇〇円相当の経済的損失が本件交通事故と相当因果関係ある損害であると認めるに足る証拠はない。

右金員につき前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金四〇〇〇円となる。

9  慰藉料 金一二〇万円

前記認定の本件交通事故の態様、受傷の程度内容、治療期間とその経過、後遺症の程度内容その他本件口頭弁論に顕われた諸般の事情を斟酌すると、本件交通事故により原告が被った精神的苦痛を慰藉するのに相当な損害賠償額は金二四〇万円を下廻らないと認められ、右金員に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金一二〇万円となる。

10  弁護士費用(被告慎吾について) 金一万円

弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に対し被告宮澤慎吾に対する本訴の提起と追行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していると認められるところ、本件事案の内容、審理の経過、事件の難易度、前記損害額に鑑み、弁護士費用は金二万円をもって、本件交通事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当であり、右金員に前記過失相殺による五〇パーセントの減額をすると金一万円となる。

11  損害の填補 金二二八万九一九〇円

被告宮下万吉及び同宮澤慎吾が原告に対し任意弁済金金二二万七五二〇円を支払ったことは当事者間に争いがない。また原告が自動車損害賠償責任保険金金二〇六万一六七〇円を受領したことは原告において明らかに争わないから自白したものとみなす。

したがって、損害の填補金の合計は金二二八万九一九〇円となる。

12  合計 被告宮下万吉に対しては 金二万八九三八円

被告宮澤慎吾に対しては 金三万八九三八円

被告宮下万吉に対する本件事故に基づく損害賠償額は、人身損害の内容をなす右1ないし9の各損害項目の金額を合算した金二三一万八一二八円から右11の損害の填補金二二八万九一九〇円を控除した残金二万八九三八円となり、被告宮澤慎吾に対する本件事故に基づく損害賠償額は、同じく右1ないし10の各損害項目の金額を合算した金二三二万八一二八円から右11の損害の填補金二二八万九九一〇円を控除した残金三万八九三八円となる。

七  以上の次第であるから、原告の(一)被告宮澤正に対する本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、全部理由がないからこれを棄却することとし、(二)被告宮下万吉に対する本件不法行為(自動車損害賠償保障法三条)に基づく損害賠償債権金二万八九三八円とこれに対する不法行為日である昭和五二年八月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でその請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、(三)被告宮澤慎吾に対する本件不法行為(民法七〇九条)に基づく損害賠償債権金三万八九三八円及び内金二万八九三八円に対する本件不法行為日である昭和五二年八月二〇日から並びに内金一万円に対する訴状送達の日であることが記録上明らかな昭和五四年八月八日の翌日である九日から各支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、その請求は理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲田龍樹)

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